引き続き、街を散策する。
ハバナの町に身をおいてると、時々、ふと古い映画の世界に迷いこんだのかと錯覚する時がある。そんなはずはないと頭では考えるのだけど、目の前のある世界が現実離れしてて、感覚が追いつかない。

街には、何をする訳でもなく、ただただ座って行き交う人を眺めている人。ご近所さんと立ち話に夢中になっている人。友達とドミノに夢中になっている人。コーヒーを飲んでまったりしてる人。なにやら喧々諤々と話し合っている人。ただ、じっと座っているだけの人。楽器を奏でている人。音楽に身をまかせ、楽しそうに踊っている人。いろんな人がいる。
どの人も眉間にシワを寄せたり、時計の針を気にしたりすることもなく、「今」を生きている感じがして、見ていて心地良い。

僕は、いつも将来を心配してた。
10代の頃には、20代を。20代になると30代を。30代になると40代を。このまま行くと、60になることには70才、80才を心配しているのだろう。
心配だから、将来にむけて投資をしたり、蓄えたり、何かを積み上げたりと、「将来に備える」ために、今という時間を使っている。そして、溜め込んだまま死んでいくんだ。あの世には何も持っていけないのに。
たしかに、そんな発想も必要だろう。でも、同時に、「今」を楽しむこともしていきたい。僕は、過去でも、未来でもなく、「今」を生きてるんだ。
骨董市に出会う。
街をぶらぶらしていると、古本や骨董市をやってる一角に迷い込んだ。
古本、ポスター、写真、ピンバッチ、時計、古いお金、小物入れ、アクセサリーなどが並んでいる。
こういうのは好きな方なので、1つ1つのお店をじっくり見て回る。
作家の端くれとして「本」も気になるのだけど、辞書片手にスペイン語を解読するほどの根気はない。

プラプラと冷やかしていると、たくさん並んでいるピンバッチの中に「27 JULIO」と書かれたバッチがあった。
「27 JULIO」は「7月26日」という意味で、カストロが革命戦争を仕掛けた日として、キューバでは「革命記念日」として国民の休日になってる。
このピンバッチもかなり古そうなので、どんなものか興味がある。何気なく手に取ってみると、お店のおじさんがとても優しい英語で、「これは、革命記念日に、軍の人に記念として配られたバッチで、とても貴重なものだよ」と教えてくれた。もし、それが本当なら博物館に並んでいてもいいようなものだ。
いくらなのか気になるが、興味があることを悟られると高値をふっかけられそうで(アジアではそんな感じ)興味なさそうな顔をして、別のバッチから相場感を探ってみることにする。
近くに並んでいる別のピンバッチを指さして、「これはいくら?」と聞いてみると「1ドルだよ」との答え。意外と安い。いくつかのバッチを指さしても、ほとんどが1~2ドルだ。
そして最後に、さっきの「27 JULIO」のバッチを聞いてみると、なんと「20ドル」との答え。たしかに本物だったら妥当な金額だろう。でも、ふっかけているのかなという疑いも捨てきれないので、「5ドルなら買うけど、安くしない?」と言っても、ぜんぜん安くしてくれない。「じゃあいらない」と店を離れても、1円も負けてくれない。きっと、本物なんだね。ちょっと気になるけど、20ドルも出すほどじゃないなーとお店を離れる。

隣のお店には「3ペソのコイン」がおいてあった。このコイン、今も普通に使われている現役のコインで、ゲバラがデザインされている唯一のコインとして、ツーリストにも現地の人にも人気がある。だけど、なかなか手に入らない。
お釣りとしてもらうことは難しくて(そんな値段の物が売ってない)両替してもらうのが確実な方法なんだけど、両替所で「3ペソを入れてほしい」とお願いしても、いつも「ない」と言われる。ちなみに、1ドル=25ペソくらいなので、3ペソは13円くらいの計算になる。
ちなみに…と思って、お店の人に値段を聞いてみると「1ドル」だって。13円を110円で買うという、よく分からないことになる。ハバナにはまた戻ってくるので、これからの旅で手に入らなかったら、また買いにこよう。
ガラクタに心奪われる。
こういったお店が10件くらいは出ていて、ほとんど同じようなものをおいてあるのだけど、店主の対応が違ってて、お店を冷やかすのは楽しい。僕の視線や手の動きを細かく観察して、僕が興味ありそうなものを勧めてくる商売上手もいれば、「オラ!(やあ!)」と陽気に声をかけてくるだけの人。隣の人とドミノに夢中になっていて、顔すらあげない人。昼寝を決め込んでいる人。いろんな人がいる。ほんとに自由だ。売る気もあまりないんだろう。
そうやって、店を冷やかしていると、1つのカメラが目に止まる。とても古そうなカメラだ。店主に聞いてみると、なんと革命後すぐくらいのカメラらしい。ということはもう60年も前のものになる。
汚れているし、レンズは傷だらけだし、とてもいいものには思えない。店主はしきりに「これは、完璧に動くんだよ!」と売り込んでくるのだが、どう見ても、どう触っても、完璧には動いてない。というか、シャッターがおりない。普通には使えないだろう。
いくらかと聞いてみると20ドルだという。ロマンはあるにせよ「置物」としては高い。一時の感情で買ったとしても、数週間後にはゴミになってるに違いない。とは思うんだけど、なんだか惹かれる。
僕は基本的に物欲がない。普段、「経験」にお金は払うのだが「物」に払うことは極端に少ない。その僕が惹かれるんだ。「なぜ?」と言われてもよく分かんないのだけど、何か気になる。
結局、自分の気持ちを大切にしようと、20ドルで連れて帰ることにする。なんだか値切る気にもならない。不思議な出会いだ。
持って帰ったら、修理してくれる所を探してみよう。直ったら、トーキョーの街を映してみるのもいい。このカメラで、このレンズを通して、写真を撮ったなら、どんな景色が切り取られるんだろうと想像すると、ちょっとワクワクする。
また、キューバにつれてくるの楽しそうだ。未来との約束ができて、ちょっと心が弾む。

そうこうしながら、お店を一周見て回ると、一番はじめの「27 JULIO」のピンバッチのお店の前に。
ウエルカム感全開の笑顔で見つめてくる店主の視線をずらしながら、ふと目をやると、少し大きめな缶の中に、硬貨を山のように入れて置いてある。
何かおもしろいコインがあるかなーと思い、中を探ってみると、なんと日本の硬貨がたくさんある。5円、10円、100円。なんと500円玉も5枚見つけた。オモシロイなと思って、この硬貨(500円玉)はいくら?と聞いてみると、「よく分かんないから5枚で1ドル(110円)でいいよ」とのこと。
ふふふ、500円玉5枚を110円で売ってくれるだと…(笑)
買っても良かったんだけど、ここでそんなお金を儲けても仕方ないなと思い、「この5枚は、銀行に持っていって両替してもらいなよ。20ドルくらいの価値はあるよ」というと、びっくりしてた!
この話を聞きつけた他のお店の人が「うちにある硬貨も見てくれ!」「日本のお金はないか!?」となり、そこから10店舗分の山盛り硬貨をチェックすることになる。残念ながら、他のお店からは、5円玉と10円玉しか出てこなかった。
こうして、ちょっとした硬貨探しイベントが終わった頃、500円玉の店主が、「27 JURIO」のピンバッチを持ってきて、「お礼に、これあげるよ」と申し出てくれた。嬉しい!お金うんぬんよりも、こうして、同じ時間を共有して、通じ合う心があったことが嬉しい。
この人も生活がかかっているだろうになと思い、半額の10ドルで分けてもらうことにする。その申し出をすることで、相手もニヤリと笑顔になり、また一つ心がつながっていく。
きっと、もう二度と会うこともない相手と関係性を構築しても「意味」はないのかもしれない。でも、そんな「意味のない時間」が人生を豊かにしていることも、また間違いのないことだろう。
何よりも心地よい場所で…
ずいぶんと長いしてしまった骨董市をあとにして、街歩きの続きをはじめる。
目的地も、探しモノもない「気ままな散歩」だ。交差点に出くわす度に「心地よい方に進む」を繰り返していく。人生も旅も同じだが、こうした意図しない時間の中に、「本当」が隠れていたりする。無駄な時間を持たない人にはたどり着けない贅沢な時間だ。

街をぐんぐん進んでいくと、急に開けた場所に。目の前が教会で、その前が広場になっている。教会の向こうには海があるらしく、心地よい海風が吹いてくる。なんとも心地良い場所だ。どの街にも、こういう「心地のいい場所」というのがあって、それを見つけることができると、心から安心できる。何もない場所だけど、これから毎日のように来るに違いない。ただただ、ボーッと風を感じる時間のために。
真ん中に小さな噴水がポツンとあるだけの何もない場所なんだけど、本当に心地良い。なんだか、心の奥の方に沈殿していた感情とか、飲み込んでしまった言葉とか、気づかないふりをしている想いとか、そんなものが、どんどんクリアになっていく気がする。息を吐く度に出ていって、息を吸う度に心地よいものが体を満たしていく。僕は、この場所に来るために、キューバに来たのかもな。
好きなことを仕事にして、好きな仕事だけを選んで受けて、人間関係も、毎日の時間の使い方も、かなり自由きままにやっている方だとは思うのだけど、それでも、溜まっていくものはあるらしい。
あの時大切にできなかった自分に謝り、我慢することを許してくれた自分にも感謝をしつつ、大きな深呼吸を繰り返していく。
そんなことをしていると、あっという間に日もくれてしまった。お腹も空いたので、ご飯を食べに行こう。心が満たされるとお腹も空いてくる。なんて正直な体なんだ。
よいしょ!と声に出して立ち上がり、歩き出そうと顔を上げたところで、カフェレストランの人と目が合う。「ずいぶんと動かないから、電池でも切れたのかと心配してたよ」なんて憎まれ口を叩かれるも、これもご縁だと思い、そのお店に入ってみる。
モヒートと、チキンパスタ、バナナチップを頼んで、全部で10ドルもいかない。キューバの食事については改めて書くけど、バナナチップは本当においしい。やみつきになる。
今晩は、静かな時間を過ごしたいなと感じていたのだけど、案の定、お店の中では、キューバ音楽のライブが始まる。店内は強制的にラテンの陽気さに包まれる。この強引な感じも嫌いじゃないよと、モヒートをおかわりする。

ちょっと濃い目のモヒートを2杯も飲めば、普段、心を覆ってる「目立ちたくない」という気持ちもしっかり消えてしまって、いつの間にか、ダンスの輪に加わってる。踊り方も分からないくせに踊るもんだから、みんなにいじられる。
ステップはこうだ!手はこんな感じで!リズムを感じて!と言われても、音痴だし、ダンスもしたことないし、酔っている僕に、そんな注文をつける方が間違ってる。ラテンの音楽の中に、ひとり盆踊りのような奇妙なステップで、音楽を楽しむ。楽しむことがきっと一番だろう。
今日は、よく歩いた。もうクタクタだ。
明日は、チェ・ゲバラの家にでも行ってみよう。
おやすみ。
つづく…。
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骨董品やショップでのやり取りがストーリーがあって、状況が目に浮かび、すごく楽しかったです!そしてこんな時間の使い方を教えてくれる真誠さんの旅に乾杯です!